先日、ある教会の練成会で、マトイの責任者をされている方とご縁を頂いた。私も本部班でマトイのお役を頂いていることを話したところ、練成会終了後、一緒にマトイの練習をさせて頂くことになった。
まず教会のマトイの振り方を教わって、皆さんと輪になり振らせて頂いた。そのあと、本部班で20年近く叩き込まれた基本の振り方を披露すると、興味を示してくださった。「私でよければ」と技術的なことを説明させて頂いた。
「マトイの気持ちになって、自分がマトイに合わせていくこと」。それが、マトイを振るときに私が心がけていることだ。そのこともお伝えすると、教会の方々は素直に受け入れてくださり、すぐに実行された。すると即座に、マトイが綺麗に舞った。その姿に、私は大きな衝撃を受けた。
これまでは、自分に与えられた条件や環境に合わせ、その中で自分を発揮できる心をつくることが一番大切だと思っていた。しかし、基本の振り方を素直に実行する青年部員たちを目の前にして、自分の“我”というものを一切捨てることの方が大事なのだと教えられた。皆がマトイに合わせることで、輪の中に“我”を微塵も感じなかった。素直に受け、実行する。“我”のない姿の魅力。仏さまは、このことを教えるために、私にマトイを振らせてくださっていたのではないかと感じるほどの光景だった。
私はまだまだ教わることの多い、年数だけはベテランのマトイ振りである。
出塚和良(総務担当)
2006.04.13 update |