| 今年4月、わが家の長男が小学校に入学した。10月1日は初めての運動会。私は朝から参加したかったが、教会では「布薩の日」。前夜、息子の「お父さ〜ん、明日来られる?」の言葉に父親としては心が揺れた。悩んだ末、午前中の式典が終わり次第、昼食に駆けつけることで息子に了解してもらった。
式典が終わり、お昼前に学校に到着すると、昼食会場ではたくさんの家族がにぎやかなひと時を過ごしていた。家族たちの姿を見つけ出して合流した。午前中のプログラムが終わったとき、休憩所に戻ってきた長男の第一声が「お父さんは?」だったと妻が教えてくれた。よほど自分の活躍を見てもらいたかったのだなと感じた。しかし、本人の姿が見当たらない。「今、お父さんのことを迎えに玄関へ行ったよ」と教えられ、捜しにいくと、息子が笑顔で駆け寄ってきた。〈よほど待っていたんだな〉とすぐに分かった。
〈よし、午後のプログラムはしっかりビデオに撮ってあげよう〉と決め、1年生のかけっこ(50m走)の時間を待った。
息子は1年生の割に背が高く、3年生くらいに見える。お陰で走る順番は一番最後。なんて分かりやすい、親孝行な息子だろう。私はゴール地点でビデオを構え、息子の順番が来るまであたりの様子などを撮りはじめた。あともう3組で息子の順番。ズームアップしながら顔の表情を見ていると、それだけでうれしくなってくる。さあいよいよスタートという時、息子が何かを探すように振り向いた。2秒くらいだった。その瞬間、〈私たちを捜しているんだな〉と直感した。きっと「ガンバレよ、応援しているぞ」という一言が欲しかったに違いない。後でも楽しめるようにと、ビデオの撮影に専念していた自分の行動が悔やまれた。
その夜、家族でビデオを見てみると、息子はどう見ても2位でゴールしているにもかかわらず、1位の旗の列に並ばされていた。息子に聞いてみた。「スタートの時、お父さんかお母さんを捜してた?」。息子は「ん〜忘れた」と言っていたが、自分の直感に間違いないと確信している。
「後々のことを考える」というのは大人の視点で、子どもは“今この瞬間”が大事なのだ。人生はライヴ。普段のコミュニケーションの大切さを実感した。楽しく、またほろ苦い味も残ったが、大事なことを仏さまに教えて頂いた運動会であった。
加藤(中国教区)
2005.12.08 update |