| 現在のお役を頂き、雪深い新潟から上京して、はや2年目を迎えた。単身赴任。月に1度の帰省のたびに、年頭に会長先生より頂戴した「斉家(せいか)」のご法話が胸に染み入る。「百千の灯あらんもわれを待つ灯はひとつ」……。
先日も、東京のビルの灯りを背に、久しぶりのわが家を目指し、急ぎ足で新幹線に飛び乗った。春の息吹をちょっぴり感じさせる山々が車窓に映る。故郷に近づくにつれ、いつもと変わらないように思える大気から、微妙な季節の気の香りを肌に感じるようになった。
やっと郷里の駅に到着、急ぎ足で改札口へ。いつものように、決してダンディではないが、私にとってかけがえのない1人の男性が待っていた。夫は「お帰り」と言って、私の手からボストンバックを受け取ると、淡々と先に行ってしまった。
アルコールが待っているからとはいえ、久しぶりの夫婦の貴重な時間。〈これじゃあんまりだわ〉。私は小走りに近寄って、思いきり夫の腕をツネった。
自宅に向かう車中、運転する夫の横顔を見ながら、しみじみと夫婦で歩んできた道が思い起こされた――。
私に「小粒な顔をしても、心はあんどんの灯のようだ」と言って、笑いかけてくれた。嫁、妻、母、そして支部長と役をこなしながら、めまぐるしく追われているときにも、そっと見守ってくれた。子供たちの成長と共に夫婦で高まっていこうと励ましてくれた。そして、離れて生活する今も私を陰から支え、愛し続けてくれている……。どれだけたくさんの時間を夫と共に過ごしてきただろうか。うれしかったこと、悲しかったこと、つらかったこと。心に残っている数々の「あの時」のこと。離れてみてはじめて、夫と時間を共にできることが、どれほどかけがえのない宝物であるかを実感できるようになった。
いつのまにか、私は夫に向かって合掌していた。「お父さん、あなたのおかげさまで尊いお役をさせて頂けるんですね。いつも本当にありがとうございます」。
ふと気がつくと、フロントガラスの向こうで、「われを待つ灯」があたたかく迎えてくれていた。
婦人担当教務員 二平 |