| 自宅からマイカーの待つ契約駐車場まで約250メートル。朝、そこへ向かう途中、よく出会う“奴”がいる。
金網フェンスの上が、黒い翼を持つ奴のお気に入りの場所。ちょうど俺の胸の高さだ。奴との距離は約1・5メートル。俺は黙って歩き過ぎる。
俺がこぶしを振り上げて、「シッ!」とでも声を上げれば、たちまち翼をバサバサいわせて、地上約10メートルの電線へと飛び上がるだろう。しかし、俺はただ奴を横目で見るだけ。奴も首を少しかしげるだけ。俺が何もしなければ、奴も逃げない。
〈お前も大変だな。今日も一日がんばれよ。俺もがんばるからさ……〉。奴は目をパチクリさせて俺を見た。
奴は純然たる野生生物だ。好きで都会に居るわけではないだろう。奴の先祖はつい最近まで山に棲んでいたのだ。その山が宅地に造成され、どんどん人間の住む場所へと変わってしまった。棲み処を追われ、食べ物を求め、巣をかける場所を探して、ついに奴は人間の町に棲み移ることを選んだ。要するに「難民」なのだ。
去年、東京都は奴の仲間を数万羽「駆除」したと聞く。実に身勝手な話じゃないか。俺は奴らに生き延びてほしい。決して「絶滅危惧種」にだけはならないでもらいたい。嫌われ、邪魔者にされてもしたたかに世にはばかってほしい。身近に野生の生き物がいない、人間と家畜だけの世界になど俺は生きたくはないからだ。奴らをはじめ、たくさんの野生の“いのち”と共にありたい。願わくは、田園の水路にメダカの群泳をもう一度見たい。空いっぱいのトンボの大群を、真っ赤な夕焼けの中でもう一度見たい。もちろん、“奴”の子孫が豊かな里山に帰り、安心して「七つの子」を育てる日がいつか来ることを願っている……。
千葉教区教務員 松林 |