| 今年も10月4日を迎えた。
4年前の平成11年10月4日。他教団の式典に参加しているときに「開祖さま ご入寂」の報を受けた。私は、弔問に来られる外部の先生方の受入全般を担当することになった。悲嘆にくれるよりも、まず、精いっぱいお役を務めさせて頂かなくては、と思った。本部へ戻る電車の中、これから1週間にわたる「開祖葬」について、ずっと考えていた。
10日の「葬儀・告別式」には、宗教界はじめ各界からたくさんの先生方が参列してくださった。式典も無事に終わり、安堵感に浸りながら受付にいると、一人の会員さんが車いすで弔問に来られた。私は聖壇のそばまで、車いすを押させて頂くことにした。
一緒に参拝させて頂きながら、「こんなに幸せを頂きながら、まだ何一つご恩をお返ししていない自分です」と会員さんに申し上げたその瞬間、開祖さまの笑顔のお写真が私の目に飛び込んできた。今まで抑えていたものがこみ上げてきた。〈開祖さまのお声が聞けなくなった。足りない自分を教えて頂いた、み教えをもう聞くことができなくなった〉。涙が止めどもなくあふれてきた。
現在、お役のお陰さまで、足りない私が開祖さまのみ教えを青年の皆さんにお伝えする機会を頂いている。悩み苦しむ青年を前にしたとき、研修を担当したとき、何もわかっていない、何も実践できていない自分がつらくなる。そんなとき、開祖さまのご著書のお言葉が、開祖さまのお声となって耳もとに届いてくる。
『出来ないことを正直に話せばいいんだよ。わかったことを話せばいいんだよ。気づけたことを伝えればいいんだよ』
自分を飾ることなく、思ったまま、感じたまま、見たままを伝えること。わからないことはわからないと言い、出来ないことは出来るよう努力すること。ありのままの自分を出していくことが大切なんだと開祖さまは教えてくださる。
これからも、たくさんの青年との出会いの不思議さに深く感謝していきたい。
(Y.I) |