| 「あ、また動いた」。うれしそうな声で、妻が私を呼んでいる。
妻のお腹には現在、妊娠6カ月になる子供がいる。最近、動くのが分かるようになり、夫婦して親になる実感が沸いてきたところだ。お陰さまで順調に育っており、出産予定日は12月16日ごろとのこと。初めての子なので夫婦共々、喜び、心配、緊張が混ざった複雑な心境で毎日を過ごしている。
〈自分たちがお腹にいるときも、親や周りの人たちはこういう気持ちだったのだろうか〉。かつて、自分たちがかけて頂いた慈しみを、今、わが子を通してかみしめさせて頂いている。
58年前の夏、18才だった義祖父は、旧日本軍の航空基地にいた。いわゆる「神風特攻隊」である。ある日、数人の仲間と共に呼び出しを受け、最終的な出撃命令を下された。それは3日以内に、片道だけの燃料を積んで特攻に出撃することを意味した。それから出撃までの時間は、敵戦艦に体当たりするための操縦桿の捌き方、だれがどこから体当たりするかを決める交信方法などの最終訓練を行ったそうである。また、訓練以外の時間は、家族や親戚、友人へ別れの手紙を書いて過ごしたとのことであった。
何日か仲間の出撃を見送り、自分たちの番は今日か明日かと待っていると、突然、集合の命令が出された。「いよいよか」と、義祖父は思ったという。しかし、何やら基地の様子がおかしかった。ラジオを聞くように指示された。その日は8月15日。ラジオから流れてきたのは「玉音放送」だった。間もなく基地に解散命令が出され、義祖父はじめ隊員たちは基地を去っていった。
「子供を授かるって本当に有り難いね」。最近、仲人さんから頂いた言葉だ。58年前、あと1、2日も戦争が続いていたら、妻は生まれていない。それは今、妻のお腹の中にいる子供が生まれてこないことをも意味する。私もまた、別の人生を送っていただろう。
“いのち”の誕生の裏には、一体どれだけこうした物語があるのだろうか。皆、ほんの少しの奇跡的なタイミングで“いのち”を授かっている。そう考えると“いのち”イコール“有り難い奇跡”としか思えなくなる。さらに“有り難い奇跡”を授かった者同士が、時と場所を同じくして出会うということは、想像を絶する確率であり、そこに何らかの不思議な意思が働いているとすら思えてくる。“出会い”も授かりものであると……。
“有り難い奇跡”として授かっている自分のいのち、人さまのいのち、そしてその出会いを、これまで以上に大切にして生きたい。
(Y.S)
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