| 中学時代に青年部活動にふれ、まぶしくやさしい先輩や仲間に囲まれた居心地よい学生部が、当時いじめに遭って何もかもつまらなく感じていた私の心をいっぺんに癒してくれた。佼成会や学生部の虜になった。
その後、いろいろなお役を頂き、手どりをはじめほとんどの学生部活動、そして、青年部活動に参加していった。
教えも学び「人様の幸せのために自分を捧げる」という使命感のもと20代30代の全てを青年部活動に捧げた。希望に満ちた使命感は、いつしか人や環境を責めるだけの、歯を食いしばっての活動に変わっていた。
平成9年。そんな私のもとに仏さまの使いが舞い降りてきた。先天性の心臓病を抱えた次男だった。2ヶ月半精一杯生きて、仏さまのもとに帰っていった。
この仏さまの使いである次男との出会いが、私に信仰を取り戻すきっかけを与えてくれた。何のために歩んできたのか。誰のための活動であり信仰であったのか。苦しく悲しく痛かった分、強烈に、やさしく、温かく仏さまは私を包んでくれ、励ましてくれた。
青年部長を経て、平成11年に本部奉職のお手配を頂き、現在は教区教務員として日々を過ごしている。
会長先生より「まず人さま」「すべては自分」とお言葉を頂くが、心と行動がまったく伴わない自分への苛立ちや情けなさに、時として自分を見失うこともある。でも、今歩いているこの道に迷いはない。人生の目的に向かって歩む途中でのつまずきが多いほど、回り道の道のりが長ければ長いほど、そして、背負う苦しみや悲しみが重ければ重いほど、深ければ深いほど、本当の自分を知ることができるとわかったからだ。
どこまで自分を知ることができるか、旅は始まったばかりだ。
(T.A)
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