| ここ最近の世界情勢を見渡すと、米国同時多発テロ、イラク戦争と悲しい出来事が続きました。
私たち人間にとって最もつらいことは、尊いいのちを失うことです。ニュースで時折報道される戦争の爪痕。肉親を失い悲嘆にくれる人、けがをして不自由な生活を強いられている人……何ともいえない思いが込み上げてきます。
悲しい思いをするのは明らかなはずなのに、なぜ戦争は繰り返されるのでしょうか。国と国との意見の相違にスタートし、互いに妥協しないで力ずくでねじ伏せようとする強引さが引き起こしているのは明らかです。一言でいえば「巨大な規模のケンカ」です。悲しいかな、こうした現状は、私たちの身近な日常生活にもよくあることです。
自分から積極的に職場であいさつをしても、無視されると怒りの気持ちがわいてしまう。仲たがいしても自分から頭を下げるのは嫌だ。同僚や友人が自分よりも評価されると嫉妬心がわいてくる……しばしば起ってくる気持ちです。
しかし、この一人ひとりの自己中心的な気持ちが、国家レベルになったときに戦争になるとは言えないでしょうか。
仏教には「一念三千」という教えがあります。平易にいうと「私の心(一念)に合わせて、たくさんの周囲の環境(三千)も変化する」ということです。
会長先生は、次のように教えてくださいます。
会員綱領に「家庭・社会・国家・世界の平和境……」とあるのも、一人の心に平和を築くことと世界全体の平和が一つであることを端的に表現したものであります。ですから、まず自他の尊厳に気づくことが、世界の平和に向けてのスタートであり、同時にゴールであります。
またいっぽうでは、自分こそ平和を乱す元凶なのだという自覚が、人間にとって最も大切なのです。自分を貶める意味ではなく、宗教的な自覚が求められているということです。
(『躍進』02・2)
世界平和の第一歩は、私たち一人ひとりの心に「和」の心を育んでいくことなのです。角張ったトゲトゲしい心ではなく、穏やかな丸い心を養っていくこととも言えましょう。
そして、まわりの多くの人に、仏教の教えに触れて、「和」の心をつかんでいただけるよう働きかけること――布教伝道こそ、地道ではあっても確実に世界平和につながる大きな歩みになっていきます。
「和」の心で身近な人に触れ続けた方の体験を紹介します。
B君は一ヶ月前から、ほとんど自分の部屋にこもりっぱなしになっていた。家族とも話をしない。以前、医師から自閉症と判断されたことがある。入社したばかりの会社もクビになる寸前だった。心配した職場の先輩Aさんが夜、B君の家を訪ねた。部屋にはカギがかかっていて、B君は開けてくれない。話しかけても、返事もしてくれない。次の日も、また次の日も同じことの繰り返し。四日目には「しつこいな、帰れっ」と怒鳴られた。でもAさんはあきらめない。五日目、今までと同じように部屋の前に座り、その日一日の出来事をドア越しに話した。そして、「少しでもいいから顔を見せてくれないかな」と声をかけた。するとカチッとカギが開いた。
その日以来、B君はAさんを部屋の中に入れてくれるようになった。テレビの話、音楽の話、人生の話、ご法についての話もできるようになった。やがてB君は、職場に復帰することができた。
ある時、B君が聞いた。「Aさんのようなやさしい人間に、ぼくもなれるかな」。Aさんは笑顔で「うん」と答えた。
(『佼成新聞』続・法華経のこころ)
身近な人へ「和」の心で触れていくこと。その思いやりの実践を通して、一人ひとりの心に多くの安らぎと生きる力を与えることができる体験。そうした人間関係を積み重ねて、まず身近な世界を平和な心で満ちあふれる世界にしていこうではありませんか。 |