| では、開祖さまは青年期にどのような努力をされていらっしゃったのでしょうか。その生き方に学ばせていただきたいと思います。
十六歳の夏に上京するとき、開祖さまは『六つの誓い』を立てられました。
一、これからは、けっしてうそはつくまい。
一、力いっぱい働こう。
一、人のいやがることでも進んでやろう。
一、他人と争わぬこと。どんなひどい目に遭っても、神仏のおぼしめしと思って辛抱すること。
一、仕事をするときは、人が見ていようといまいと、陰日向なく働くこと。
一、どんなつまらぬ仕事も、引受けた以上は最善を尽くすこと。
(『庭野日敬自伝』)
以上のような誓いを立てられ、開祖さまは東京での仕事において誠心誠意努力されました。
この六つの誓いの実践を通して学ばれたことが、その後の法華経の出合いをされるまでの大きな精神的礎になられたと、開祖さまは述懐されていらっしゃいます。
その当時の体験をもとに、開祖さまがご自身の気づきをお説きくださったご法話を紹介させていただきます。
わたしが東京へ出てきたときに奉公した石原薪炭店は、ご主人がなかなかの働き手で、雇い人はみんな音を上げて半年も居つかずに出て行ってしまう、といった店でした。
ところが、わたしはアベコベに旦那さんを使ったんですよ。夜なべに薪割りをやっていると、旦那さんのほうがくたびれて「もう、ここいらでやめにしようよ」と言い出す。けれどもわたしは、翌日早くから配達に行けるように、たくさん割って結えておきたい。そこで、「もう一丁やりましょう」と、構わず仕事を続ける。旦那さんも、くたびれてはいるけど、そこはそれ、店の繁盛になることだし、欲があるから(笑)、「しようがないなあ」と言いながら、わたしにつきあうんです。
冬の寒い夜なんか、ポカッ、ポカッと割っていると、手のアカギレから血が噴き出したりして楽ではないけれども、それが自主的に、自発的に、自らに由って働いているのですから、ちっとも辛くはないんです。旦那さんも、「しようがないなあ」と言いながら、内心喜んでいるのはこちらにもわかっていますから、なおさら仕事に励みが出る……そんなあんばいで七年間も石原さんの店で働き続けました。
石原さんの店は、その後、炭屋をやめて漬物屋を始めたんですが、その漬物屋も手伝ったわけです。
そんなふうだったもので、ご主人も、わたしを家族扱いにして、借金のことから、店のやりくりまで、何から何まで相談してくれました。お得意さんや出入りの商人などは、わたしたちを兄弟だと思い込んでいたようです。それが、実は小僧なんだ(笑)。
おかげでわたしは、商売のコツとか、資金繰りの仕方など、微に入り細に亘って身につけることができました。たんなる使用人根性で働いていたのでは、できはしないことです。他のために尽くせば自分の幸せにもなる、というのは、ここのところなんですよ。
尽くしたり、尽くされたり、感謝したり、感謝されたり……こうあってこそ世の中は楽しいのですよ。尽くさないで取り込むことばかり考え、自らの務めを果たさないで他に依存することばかり考えるのでは、ひと・われ共に、けっして幸せにはなれないのです。
(『躍進』81・1)
若き日の開祖さまは、「自分の志した誓いをもとに多くの人が奉仕をし合ってこそ、お互いの心が楽しくなり、和やかになる」というご経験をされました。そしてさらに、奉仕の実践(布施)こそ、人間社会の平和と幸福が生まれるもとになるという確信をされたのです。
私たちも青年時代の開祖さまの生き方に学び、仏さまの教えをしっかりとつかんでいきたいと思います。
現実には投げ出したくなることもあるかもしれません。そんなときには、次の開祖さまの温かい励ましのメッセージを思い出していただきたいと思います。
私は青年諸君にお願いしたいのである。他の人びとに差をつけられたからといって、不幸をぐちるような人間になってほしくない。人と自分を比較するのでなく、比較するなら、去年の自分と今年の自分をくらべて、少しは役立つ人間になっているかどうかを省みる、そういう自分になってもらいたいのである。
人には、早咲きの人もいれば、遅咲きの人もいる。大自然を見ると、まだ寒さが残るなかで最初に梅が咲き、ついで桃が咲き、そして桜が咲く。同じ桜でも北と南では開花に数か月のひらきがある。一個のスイカでも日のあたる部分と陰になる部分では甘さが違う。人間にも梅の人もいれば桜の人もいるのだから、人と比較して花ひらく時期の遅れを嘆くことなど、まったく無用なのである。
(『この道』)
開祖さまからのメッセージを胸に、”真心こめてくりかえす。楽しくなるまでくりかえす“努力をさせていただきましょう。
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