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仏教どすこい

開祖さまのみ教えに基づき
1、開祖さまの笑顔に学ぶ
2、開祖さまの願い――六つの誓い

 

1、

開祖さまの笑顔に学ぶ

布施には「和顔悦色施」(和やかな顔とニコニコした表情を人に施す)というのがあります。
皆さんは、開祖さまを思い浮かべるとき、どんなお姿を思い浮かべますか。おそらく、大半の方が、ほほ笑んでいらっしゃるお姿ではないでしょうか。

カトリック枢機卿の白柳誠一師は、次のようにおっしゃっています。

多くの人が庭野先生のあのおおらかな笑顔を讃えられている。私の記憶の中にも、笑顔の庭野先生しかいない。庭野先生は四六時中、自らの身をもって仏の道を実践された方であった。その信仰の喜びがいつもお顔に表れていた。信仰というのは決して堅苦しいものではなく、人に希望を抱かせるものである。信仰が深ければ深いほど、ほほ笑みもまた深くなる。庭野先生は仏の慈悲、愛を常に感じ、その愛がそのまま笑顔となった。その笑顔に触れた人は、仏の愛に、庭野先生の愛に包まれてしまう。だからこそまた、庭野先生が多くの人から愛されることになる。このことは、私などよりも、佼成会の信者さんの方が、強く実感しておられるであろう。
(『庭野日敬追悼集一 異體同心』)

ある信者さんのエピソードを紹介させていただきます。

大聖堂の聖壇控え室でのこと。式典や行事のとき、壇上に立たれる前、開祖さまはまずこの部屋で小憩される。お当番の会員が、真心込めてお茶を。その日も、開祖さまは、お茶碗を両手で包み込むように、口もとに寄せて飲まれた。そして穏やかに、「とてもおいしいから、もう一杯いただけないかな」
同席の人たちのあいだにほほ笑みが広がった。女性が、お盆にのせて茶碗を下げ、おかわりを注ごうと、蓋を取ったところ、中はまったくきれい。初めから何も入っていなかった気配だ。はっとして茶碗を両手でさわると、温かみもまるでない。緊張のゆえか、気が急いていたのか、女性は、自分が空のお茶碗をお出ししていたことに初めて気づいた。申しわけなさに、二重に緊張しながら、熱いお茶を入れ、お出しすると、先生はニコニコしながら、二杯目のお茶≠、おいしそうに飲まれた。何事もなかったように、同席者との談笑が続いた。
人の失敗をだれにも分からないように、同時に、役の人が、役を果たせた満足感を味わって気持ちよく帰れるように……。開祖さまのあたたかいお心遣いに感動したその女性が、自分のサンゲとともに語ったのであろう、だれも知らないこの話が、多くの人たちに語り継がれることとなった。 
 
(『笑顔のうしろ姿』)

皆さんの中には、開祖さまの慈悲にあふれた笑顔で、勇気と感動を頂戴された方も多いと思います。
では、開祖さまの笑顔をお手本として、私たちが人生を送っていくうえでの要はどこにあるのでしょうか。

会長先生は、次のようにおっしゃっています。

開祖さまはいつもニコニコされて、和顔愛語という言葉が最もぴったりくると思います。なぜいつもニコニコとして、やさしい言葉がかけられるのかということを考えてみますと、やはり仏さまの教えが有り難いということを本当に体得されていたからだと思います。ですから、私たちが開祖さまを手本として修行させて頂くということになりますと、一番の根本には、仏さまの教えを私たち自身が体得する、会得する、自分のものとしていく、ということ以外にないのであります。
(『佼成新聞』03・4・13)

青年である私たちが、仏さまの教えをつかんでいく道。それは、開祖さまの青年期のご修行に学ばせていただくことではないでしょうか。

 


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