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【大会テーマ『平和のために集う諸宗教――あらゆる暴力をのり超え、共にすべてのいのちを守るために』】
WCRP世界大会の歴史の中で、今回初めて「暴力」と「いのち」が大会テーマに取り上げられました。これは大変意義深いと思います。暴力とは何か、そして、すべてのいのちが守られる世界をどう一緒につくっていくのか。そうした最も根源的なところから考えたいという願いが大会テーマに込められていると思います。
暴力は形に表れるものばかりではありません。形に表れないさまざまな暴力も存在します。すべての暴力の根源にあるのは、無関心や言葉の暴力といった無形の暴力であり、そうした暴力がついには戦争にまで発展してしまうのです。
暴力の奥底にあるのは、相手を理解しようとしない、自分が常に正義であるという思い上がりです。それは、仏教的に見れば、貪・瞋・痴そのものです。ですから、暴力は夫婦や親子といった身近な関係でも起こり得るのです。世界平和に向けて、まず宗教者自身が自分の心のあり方を見つめることから出発しなければいけないのではないでしょうか。
1970年に開催された第1回WCRP世界大会の京都宣言にこんな一節があります。
『我々はしばしば、我らの宗教的理想と平和への責任とに背いてきたことを、宗教者として謙虚にそして懺悔の思いをもって告白する。平和への大義に背いてきたのは、宗教ではなく、宗教者である。宗教に対するこの背反は、改めることができるし、また改められなければならない』
世界平和は私たち一人ひとりの内なる平和から始まるのです。そのことを認識しなければ、世界大会での議論は足元の実践につながらないのではないかと思います。
すべてのいのちが守られるような安全保障を考える場合、ハードパワーとソフトパワーという二つの考え方があります。ハードパワーは国家などの組織が力によって、また、ソフトパワーは、お互いに理解を深め信頼を醸成し合うことによってそれぞれ安全保障を確立しようというものです。
宗教者としてはやはりソフトパワーによる安全保障を目指すべきですが、現実のさまざまな紛争をソフトパワーだけで解決できるのか、という非常に厳しい課題を同時に背負わされていることも認識しなければいけないと思います。
今回の世界大会には宗教者のみならず、NGO(非政府機関)の方々も多数参加します。平和は宗教者だけで実現できるものではありません。宗教者が政界、経済界、教育界などさまざまな分野の方々と対話を重ね、お互いに力を合わせて平和を考えていくことが重要ではないでしょうか。
(2006.08.18 記載)
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