人生を主体的に生きる
暇がなく、給料の安い所へ
前回は、開祖さまが16歳の夏、東京へ向かう夜汽車のなかで立てられた「六つの誓い」について学びました。その「六つの誓い」を胸に、開祖さまは上京後、米穀店で一生懸命に働きましたが、わずか4日目に関東大震災が起こり、やむなく菅沼に帰郷されたのです。
そして、翌年の6月に最愛のお母さんを亡くされた開祖さまは、その悲しみを乗り越えて、再び上京する決意を固められました。ところが、いよいよ東京へ出発する開祖さまに対して、お父さんのはなむけの言葉がとても変わっていたのです。
「なるべく暇がなくて、給料の安い、骨の折れる所へ奉公しろ」
みなさんにすれば、「そんなの割にあわないよ」とか「そういう考え方は、いまの時代に通用しないよ」などと言うかもしれませんね。たしかに、いまの時代なら「なるべく休日が多くて、給料の高い、楽な仕事に就きたい」ということになるでしょう。
ところが、開祖さまのお父さんは、あえてその反対のことを言われたのです。おそらく、暇がなくて給料が安ければ、都会のいろいろな誘惑に走る余裕がないという親心だったのではないかと思います。また、「若いうちに苦労をしなさい」という人生における大切な知恵や教訓、働くことの本質、仕事に取り組む姿勢を示されたのだと思います。
開祖さまが再上京して勤めたところは、薪や炭を売る薪炭店でした。この店のご主人は、たいへんな働き者で、あまり働きすぎるので雇い人が居つかない、という店でした。
しかし開祖さまは、お父さんの教えを守って、ご主人に負けずに休日返上で懸命に働きました。薪を割ったり、炭をのこぎりで切って俵に詰めたりする仕事を夜遅くなってもやめないので、ご主人のほうが、「そろそろ、このへんでやめにしようか」と声をかけても、開祖さまは「だんな、もう一丁やりましょう」と手を休めなかったのです。
またあるときは、「ここは、こうしたらどうでしょうか」とか、「それは私に任せてください」と、開祖さまのほうからご主人に申し出て仕事をされました。当然、ご主人に信頼もされ、何でも任せてもらえるようになります。開祖さまは、ご主人に使われているといった意識はなく、主体性をもって自分の仕事のように取り組まれたわけです。そのように骨身を惜しまずに働いた開祖さまは、仕事を早く覚えるばかりか、商店経営のコツも身につけられ、後に独立されたときに大いに役立ったのです。
「自分が主人公」という気持ちで
最近は、ITビジネスや株式投資などが注目され、汗水流してこつこつと働くことより、「楽をしてお金をもうける」という風潮さえあります。世間の常識や価値観では、ほとんどの人が「給料の高いところに就職したい」と思うでしょう。でも、それでは「お金のために働く」ということになります。もちろん、労働の対価として給料をもらうことは大切なことですが、それだけが目的になってしまったら働くことの本質や意味とかけ離れてしまいます。
古くから、働くというのは「はたを楽にする」ことだと言われ、仕事をとおして周囲を楽にすることは、自らが受けている恩恵に対してお報いすることなのです。つまり、仕事を通じて社会にお役に立つことが、自分の喜びや充実感、成長につながるということです。私たちは時代がどんなに変化しても、このように働くことの本質や仕事をする姿勢を見失ってはならないと思います。
また、私たちは人から命令されて動く、あるいは使われて働くという意識だと、すぐに疲れるし、不平や不満も出やすいのですが、開祖さまは、ご主人に命じられたから仕方なくやるという受身の姿勢でなく、「自分が主人公」になったつもりで主体性をもって仕事に取り組まれました。
「なるべく暇がなくて、給料の安い、骨の折れる所へ奉公しろ」というのは就職に限らないと思います。みなさんの立場でいえば、学級委員や保健委員、あるいは生徒会の役員など、苦労が多く、あまり報われそうにないことを自ら進んでやってみることです。
そうした骨の折れる役を引き受けると、勉強や遊ぶ時間が少なくなり、一見、損をするように思いがちです。しかし、決してそんなことはありません。開祖さまのように、「自分が主人公」という気持ちで、何事も主体的に、誠実に取り組めば、ほんとうの喜びや充実感を味わうことができます。そして、やがてはクラスや学校全体が明るくなり、周囲からも信頼されるようになります。
「人生を主体的に生きる」――この姿勢でみなさんが、これからの学校生活を送るようになれば、生きている実感や周囲からの信頼を得るとともに、人間としても大きく成長するものと確信しています。
(『すこぶーる』4号より転載)
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