目に見えない世界を信じて生きる
人と人との関係を大切にする
開祖さまは16歳の夏、「小さな村を出て、広い世間で思う存分働きたい」という大志を胸に東京へと旅立ちました。その上京する夜汽車のなかで、開祖さまは次の「六つの誓い」を立てられました。
一、これからは、けっしてうそはつくまい。
一、力いっぱい働こう。
一、他人のいやがることを進んでやろう。
一、他人と争わぬこと。どんなひどい目にあっても、神仏のおぼしめしと思って辛抱すること。
一、仕事をするときは、人が見ていようといまいと、陰日なたなく働くこと。
一、どんなつまらぬ仕事でも、引き受けた以上は最善を尽くすこと。
上京後、開祖さまは、この「六つの誓い」を心の支えにされて、米穀店や植木屋、薪炭店などで一所懸命に働きました。私はこの「六つの誓い」が、その後の開祖さまの人生や信仰活動、さらには平和活動の原点になっているように思います。
前半の3つは、開祖さまが青年団に入るときに立てられた誓いです。青年団に入るというのは、当時としては大人の仲間入りを果たすということでした。ですから、開祖さまは、正直に、誠実に、まっすぐに生きること、人として守らなければならない行ないを決心されたのだと思います。
ところが、いざ現実に東京という未知の世界に飛び込むとなると、開祖さまはその3つだけではなんとなく不安になり、後半の3つを付け加えました。この3つには、とくに人と人との関係を大切にすること、神仏や目に見えない世界を信じて生きるという宗教的な意味が込められていると思います。
人間という字は「人と人との間」と書くように、私たちは人間関係、人とのかかわりなしで生きていくことはできません。開祖さまは幼いころから、おじいさんやご両親、さらには小学校の校長先生の影響を受け、「神仏を敬う」「みんなと仲良くする」「人に親切にする」ということを実行され、いつしかそれらが開祖さまの精神的な土台になっていたと思います。
だからこそ、数百万の人がひしめく東京での生活を考えられ、前半の3つと合わせて、「他人と争わぬこと。どんなひどい目にあっても、神仏のおぼしめしと思って辛抱する」「仕事をするときは、人が見ていようといまいと、陰日なたなく働く」「どんな仕事でも、引き受けた以上は最善を尽くす」という誓いを心のなかで何度もくりかえし、胸のノートに刻みこまれたのだと思います。
私自身もそうでしたが、中高生時代というのは自我が強く、自分を正当化するあまりに、つまらない口論をしたり、ケンカをしたりしてしまうものです。人間ですから、「自分が絶対に正しい」などということはありません。
そんなときは開祖さまのように、まずは相手との関係を大切にし、争わないこと。かりに何かいやなことや相手と対立するようなことがあったとしたら、それを仏さまからの“宿題”と受け止め、自分の心を見つめてみることです。そして、どんなことでもさぼらずに全力投球で取り組むことが大切です。
いつも仏さまの教えを中心に
私たちはいま、二つの世界で生きています。一つは、現実に目に見える世界、もう一つは、目に見えない世界・仏さまと一体の世界です。目に見える世界に価値観を見いだして生きていくとします。たとえば、お金持ちになりたいと願って生きていくというようなことです。目に見える世界は常に変化しますから、心の休まるときはないでしょう。
また、美しい容姿にこだわって生きるならば、完璧にならない限り、満足は得られません。ちょっとしたことで傷つき、自分の望みが叶わないと言っては落胆し、悩み苦しむことになるでしょう。常に変化に振り回され、右往左往する――それが、目に見える世界に価値を置く生き方です。
では、目に見えない世界、仏さまと一体の世界に絶対的な価値を置く生き方ができたらどうでしょう。わかりやすく言うと、日々の生活のなかで、いかに仏さまを見ることができるか、仏さまを感じられるかということです。たとえば誰かに厳しく叱られても、意地悪をされても、自分にとって一見、不都合だと思われることが起こったとしても、自分の足りないところを仏さまが教えてくださっていると受け止めていく生き方です。
開祖さまのように「どんなことがあっても、神仏のおぼしめしと思う」「仕事をするときは、陰日なたなく働く」と常に仏さまを感じることができたならば、いつもいきいきと明るく前向きに生きていくことができます。
まもなく4月を迎えると、中高生のみなさんは進学や進級、あるいは人によっては就職する人もいるでしょう。いずれにしても、いままでとは違った新しい出会いがあり、みなさんの環境が大きく変化する時期だと思います。
どうか開祖さまが立てられた「六つの誓い」を、みなさんの胸のノートに刻みながら、これから少しでも仏さまの教えを学び、目に見えない世界を信じて生きること、仏さまの教えを中心にしたものの見方や考え方、行動できる自分になれるよう心から願っています。
(『すこぶーる』3号より転載)
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