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自分の可能性を信じて、チャレンジする
開祖さまは、明治39年(1906)11月15日、新潟県の十日町菅沼の農家の二男として生まれました。時代が違いますからいまでは考えられないことですが、開祖さまは小学校卒業後、すぐに一家の働き手として家業である農業に従事されました。そして、13歳のときに菅沼の青年団に入り、道の手入れや雪おろしなど、村の共同作業のために懸命に働きました。
また、14歳の夏には越後三山の一つで、古くから信仰の山として知られる八海山(標高1778メートル)に登頂されました。そのときの自信や勇気が原動力となって、開祖さまは翌年の冬、あえて水力発電所の工事という厳しい仕事を選ばれたのです。大人でも辛く厳しい重労働だったと思います。でも、開祖さまは自分の可能性を信じてチャレンジされ、周囲の大人が驚くほど最後までやり抜かれたのでした。
自分自身の可能性というのは、なかなかわからないものです。勉強でもスポーツでも、とにかく何かをとおして「自分を試す」ことによって、自分の潜在的な力を知ることができるわけです。
私たちは、ともすると自分で「無理だ」と勝手に限界を決め付けてしまったり、チャレンジする前から「できない」と、あきらめてしまったりすることがあります。でも、それでは自分の持っている可能性に気づくことはないでしょう。その意味からも、開祖さまのように自分の可能性を信じて、何事にもチャレンジしていく生き方が、とても大切だと思います。
こうして「自分の可能性」を信じて、何事にもチャレンジされた開祖さまは16歳の夏、「小さな村を出て、広い世間で思う存分働きたい」という志を抱いて東京へと旅立ちました。
しかし、上京する車中にあって、おそらく開祖さまも希望とともに、将来への不安もあっただろうと思います。そこで開祖さまは、次の「六つの誓い」を立てられたのです。
一、これからは、けっしてうそはつくまい。
一、力いっぱい働こう。
一、他人のいやがることを進んでやろう。
一、他人と争わぬこと。どんなひどい目にあっても、神仏のおぼしめしと思って辛抱すること。
一、仕事をするときは、人が見ていようといまいと、陰日なたなく働くこと。
一、どんなつまらぬ仕事でも、引き受けた以上は最善を尽くすこと。
上京後、開祖さまは米穀店や植木屋、薪炭店などで働きましたが、この「六つの誓い」をいつも心の支えにしていました。
特に薪炭店で働いていたころ、有名なエピソードがあります。開祖さまは、薪炭店のご主人の言うままに仕事を手伝うという受身の姿勢ではなかったということです。
「ここはこうしたらどうでしょうか」とか、「それは私に任せてください」と、開祖さまのほうからご主人に申し出て仕事をされていたのです。当然、ご主人に信頼もされ、何でも任せてもらえるようになります。開祖さまもまた、責任感をもって、ご自分の仕事のように全力で取り組まれたわけです。
与えられた条件のなかで 最善を尽くす
大人になるとは、責任をもつことを意味します。薪炭店で働いていたころ、開祖さまは年齢こそ18歳でしたが、「六つの誓い」をしっかりと心に刻まれ、精神的にはすでに立派な大人として自律されていたと思います。
ちょっと難しい表現になりますが、「随所に主と作れば、立処皆真なり」(『臨済録』)という言葉があります。これは、誰かから命じられたから仕方なくやるという受け身の姿勢ではなく、どこにいても「自分が主人公」という気持ちで、何事に対しても主体性をもって全力で取り組むと、すべてが楽しく、生きがいのあるものになるという意味です。
開祖さまは、まさに「自分が主人公」という気持ちで、「他人のいやがることを進んで実行し、陰日なたなく働き、どんな仕事でも最善を尽くされた」わけです。いわば、与えられた条件のなかで最善を尽くされたのだと思います。
私自身、高校1年のときに初めて参加した青梅練成会で、青年本部の教務員さんに教えていただいた言葉を、いまでも忘れることができません。
いま考えれば、『縁起観』ということだと思いますが、教務員さんは「与えられた条件のなかで、可能な限りの最善を尽くしてこそ、道は開かれる」という言葉で、次のようなたとえ話をしてくださったのです。
《ここに植木鉢があり、そのなかに1本の小さな木がある。この木が「この植木鉢じゃ狭いよ。もっと大事に根を張りたいよ」と、いくら思っていても、その木が小さくて細いままだったら、だれも見向きもしてくれないし、植え替えてもらえることもない。だけど、いま与えられている条件が植木鉢だったら、そこで養分を精いっぱい吸って大きく、太くなっていく。そうなれば、当然、植木鉢にはそんなに大きな木は不つり合いで、おさまらないわけだから、まわりは黙っていても大地に植え替えてくれる》
かつての私自身もそうでしたが、中高生時代というのは自我が強く、自己を正当化するあまりに、「学校が悪い」「先生が悪い」「親が悪い」「友だちが悪い」というように、「条件のせい」にしがちです。
しかし、このたとえ話にあるように、条件のせいにする生き方ではなく、与えられた条件のなかでじぶんが最善を尽くせば、おのずと道は開かれていくのです。みなさんも、開祖さまをお手本にさせていただいて、勉強でもスポーツでも、与えられた条件のなかで最善を尽くしていく――それが、これから歩むきみたちの人生を真に豊かにするものと私は信じています。
(『すこぶーる』1号より転載)
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