| 暑かった夏も過ぎて、朝夕めっきり涼しくなった。秋の夜長をゆっくりと「読書」で過ごすいい季節を迎えた。「読書週間」にはまだ一カ月近くあるが、先の国会で「文字・活字文化振興法」という法案が成立し、今年の読書週間の初日を「文字・活字文化の日」と制定された。終戦まもない昭和22年に「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という趣旨で始まった読書週間も今年で59回を迎える。今年の標語は『本を読んでる君が好き――』。
若者の活字離れ、読書離れが言われて久しい。全国学校図書館協議会などの調査でも、その結果は一目瞭然だ。その背景には情報媒体の多様化があるのではないか。かつてのように書籍や雑誌といった活字媒体が主な情報源・知識源だった時代に比べ、昨今は情報通信システムの発達によって、テレビ、インターネット、ケータイ、DVDなどから圧倒的な情報が提供され、著者の活用率が非常に高いことがその傾向を生み出している。
それらの媒体は読書よりはるかに利便で、情報のコンテンツが多いのだろう。著者が利用するのもうなづける一面はある。ではあるが、「読書」とは何かを考えると、それは単に情報の摂取ばかりではないのだ。言語の獲得をはじめ、思考力・想像力・創造力・表現力・感性などを養い高めるのに大いに効果があると指摘する専門家も多い。『読書力』の著者である齋藤孝氏は「本を読むことで対話力もアップする」と記述している。
一般の読書論はさておき、「開祖生誕100年」を来年に控え、今年初めから『開祖さまに学ぼうキャンペーン』が実施されている。開祖さまの何に学ぶか。開祖さまと読書で思い出すのは、終戦時に日蓮聖人の御遺文を読まれた時の逸話である。
「神示によりお経以外には新聞も雑誌も読んではいけないということで、八年間を過ごしたのであります。ところが昭和二十年二月十五日、即ちお釈迦さまの涅槃の日に、突如としてこれからは日蓮大聖人の御遺文を読んでも宜ろしいという神示を頂き、茲に初めて御遺文を拝読したのであります。(中略)法華経を信仰している者として先ず第一番に『立正安国論』をはじめ、開目鈔、本尊鈔を次々に貪るように拝読したのであります」(『交成』昭和32年12月号ご法話)と書き記しておられる。
戦時中の修行とはいえ、8年間もひたすら法華経の研鑽のみに打ち込むお姿を想感することは、現在の私たちの生活状況からは容易ではない。そうであっても、開祖さまが日蓮聖人のご著書の数々を手に取られた時の喜びはいかばかりか。まさに渇いた砂に水が染み込むように、日蓮聖人のご著書を通じて法華経の教えを深化させていかれたのではないか。
私たちが今、仏教の教え、法華経の教えに出遇え、真の信仰的生き方に導かれたのも、開祖さまの血のにじむような修行精進があったお蔭さまだったと、改めて気づかせて頂く。
11月に、東京・多摩両教区の青年部が「開祖生誕100年」の前年祭を普門館で開催する。『開祖さまのように生きよう』を大会スローガンにして、開祖さまのご生涯を学び、自分たちの生き方を見つめる企画を立てている。
開祖さまは大正15年に横須賀海兵団に入団されたが、その時期大変勉強された。尋常小学校時代、勉強したくても農作業を手伝わなければならなかったことを思えば、夕食後にたっぷり勉強する時間があったことは有難かったという。人一倍の勉強の結果、高等小学校や中学校出身者ばかりの分隊の中で級長にも選ばれ、卒業時には一番の成績を上げられた。
何事にも常精進される開祖さまの青春時代のことは、ご著書『庭野日敬自伝』に詳しい。読書の秋≠迎えたこの機会に若い青年たちに、開祖さまのご著書に学ぶことを切望したい。開祖さまのご著書は多数あるが、本書と『初心一生』『この道』の3冊が自伝シリーズで、開祖さまを理解するために、ぜひとも読んで頂きたい。もちろん、法華経を深く学習するためには『法華経の新しい解釈』や『新釈法華三部経』もしっかりと読破したいものだ。「開祖さまの本を読んでる君は素晴しい!」。(佼成新聞2005年9月28日号)
合 掌
(05.010.06
update)
|