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私は高校生のときに主人と出会いました。そのとき、なぜだかふと、人間は死んだらどうなるのだろう、と十代の子なら一度は考えるであろう、でも誰にも言えない言葉をもらしていました。そして、主人に連れられて、初めて教会の活動に参加しました。目黒教会の障害者の方々との運動会でした。
私は信仰を持たない家庭に生まれ育ちましたので、それまでの人生で「人のために何かをする」ということを考えたことがありませんでした。でも、その運動会で障害者の方の車いすを押したり、お手伝いをしているうちに、今までに感じたことのない、何とも言えないすがすがしさと喜びで胸がいっぱいになったことを今でも覚えています。
結婚後は転勤族で、その土地その土地で子育てをし、日々の苦労も功徳に変えて頂きながら修行をさせて頂きました。
2年ほど前、青年副部長のお役を頂く際に、青嶋久雄・前教会長さんに心構えを頂いたところ、ただひと言「心田を耕す」というお言葉でした。それから私生活や青年部活動のことのなど何度となくご指導くださいましたが、頂く言葉はただただ「心田を耕すんだよ」でした。当時は、もう少しいろいろな言葉で教えて頂きたいと思ったり、いつもいつも自分を振り返ることが苦しくなったりしましたが、会長先生のご著書を拝読するたびに、「心田を耕す」という言葉の深さを教えて頂きました。今では、私にとって、信仰心を深め、いつも内省に導いてくれる魔法の言葉です。
「開祖生誕100年」の昨年は、私にとって、とても大切な節目の年でした。オブザーバーとしてWCRP世界大会に参加させて頂きました。今まで「世界平和」と口にはするものの、私には果てしなく遠い世界の話のようで漠然としていましたが、実際に、多国籍、多宗教、多民族の人たちが対話し、激しく議論し会う姿を目にして、真の平和は宗教がもととなってこそもたらされるのだという、開祖さまの一乗の精神に感動以上のものを覚えました。そして、あらためて法華経の素晴らしさ、開祖さまの素晴らしさをかみしめ、開祖さまのみ弟子でいられることに誇りを感じずにはいられませんでした。
また昨年、横浜教会青年部は「平和使節団」として台湾の佛光山で出家の修行を体験させて頂きました。中でも朝山修行では、異なる文化と歴史を持つ国の宗教団体の方々と共に、1時間以上、仏にひれ伏し、大地にひれ伏しながら山を進む修行をさせて頂きました。人種の違い、宗教宗派のカベを越えた体験を通して、開祖さまのおっしゃる通り、世界は必ず一つの世界になるということを身をもって確信しました。
会長先生の年頭法話に、『自他の生命の不思議さ・尊さ・有り難さに気づき目醒める』というお言葉がありますが、私は佼成会というご縁を頂き、障害者の方々との運動会での出会いによって、一番大事な「生き甲斐」を発見し、喜びに目覚めさせて頂きました。そして、それが今も私の喜びです。私の人生を開祖さまによって救って頂き、豊かにして頂いていることがうれしくて、ありがたくてしかたありません。
今、私は介護の仕事をさせて頂いていますが、お年寄りが戦時中や戦後に家族を失い、ただ生きるためだけに苦労されてきた話には涙が出るばかりです。また、平和学習で広島や沖縄を訪れたときには、「私たち語り部が、直接に体験を話せるのもあと何年かでしょう」という言葉を聞きました。平和に対する意識が薄くなり、平和が当たり前になっている今、直接に話を聞かせて頂いた信仰青年として、私たち自身の役割の大きさに気づかされ、身の引き締まる思いがします。
どの人にも幸せになって頂きたい。そのためにこの身を使わせて頂きたい。それが私の喜びであり、この心が仏さまや開祖さまと同じ心であるならば、私の中の仏さまに手を合わせて……。
青年部の年齢を過ぎた私がこうして青年たちと人さまのために悩み、泣き、苦しみ、喜び、感動し合えるお役を頂いていることに感謝でいっぱいです。青年たちに置いていかれないよう肉体に鞭打ち、さらにその喜びをお伝えしていく使命を感じています。願生を胸に、開祖さまが目指された世界平和へと、青年部のみんなとともにエネルギッシュに羽ばたいていくことを誓願させて頂きます。
(2007.03.02 記載)
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